貧乏を楽しむ


 人より良いものを食べ、人より高価なものを着て、人より豪華な家に住むということは、とてもうらやましい生活かもしれません。
 経済的に裕福なお金持ちになって、ついつい薄情にも人を見下して暮らしている人がいたとするならば、後にその人自身こそが人に見下される様になってしまうということを『三代続く長者はいない』という言葉が、運命の法則として教えているような気がします。

 それならばその逆の運命の法則はないのでしょうか?
 難儀苦労しなければ難儀苦労している人の気持ちはわかりません。金持ちになると薄情になりやすいけれど、「貧乏」の修行をすると、思いやりも涙も、そして人間の深さも学ぶことができます。
 貧しさや色々な苦労を経験するということは、物の大切さや人の情けの尊さを知ることになり、さらに忍耐も努力も身に付けることが出来、希望も生まれることでしょう。

 それはまさに『家貧しうして孝子出づ』という言葉が、もう一つの運命の法則

― 貧しさや様々な苦労をしているうちに親孝行もするような立派な人物になれるという教訓―

として教えているのではないでしょうか?